冷凍庫に食材があふれる幸せ
全部で2000円
昨年末のこと。会社の先輩から「ふるさと納税ってやってる?」と聞かれた。
「いや、やってないです。東京生まれでふるさとも無いですからね」
今思えばトンチンカンな答えに先輩は「いやいや、そういうことじゃないんだよ」と、ふるさと納税とは何か、なにがどうお得なのかを説明してくれた。そして、一通りの説明の後「今年の分、年内まだ間に合うからとりあえず申し込んでみ。絶対損した気しないから」とさらに念を押してくる。とにかく、ふるさと納税は「良い」らしい。
帰宅後、いまだ半信半疑ながらネットでふるさと納税の仕組みについて調べた。
"任意の自治体にふるさと納税という名目の寄付を行うと、返礼品をもらえる"
ここまでは普通に理解可能だ。ただその後が信じられない。
"その後、寄付金と同額の税控除または還付を受けられる。つまり手数料の2000円だけで返礼品を受け取れる"
申し込み一件につき2000円の手数料がかかるのならまだわかる。しかしどう調べても、収入などの条件によって決まった控除の上限額内であれば何か所に寄付をしても手数料は2000円のみとある。そんなうまい話があるものか。やはり何かを読み落としている。
翌日、調べて疑問だった点を先輩にぶつけてみるが、帰ってきた答えは単純だった。
「全部で2000円」
ふるさと納税2人前
その夜、久しぶりに夜遅くまでパソコンとにらめっこをした。
「やはり牛肉か。しかし量なら豚肉、山盛りで大迫力だ」
どれでも好きなものをどうぞと言われ、あれこれと食材を選んでいる。これは楽しいと思った。もちろん食料品以外にも返礼品の種類は様々。しかし食べものを選ぶ楽しさにはちょっと敵わない。狙いは食材だ。
肉、米、魚、果物……画面に並ぶ色とりどりの選択肢に、目がくらくらするまで悩み返礼品を選んだ。上限額の計算も何度かしたので大丈夫だろう。これなら控除の上限を超えないはずだ。準備、良し。
申し込みはふるさと納税の仲介サイトから行うが、サイトによって取り扱いのある自治体が異なるらしい。僕はとりあえずアカウントもあり、ポイントももらえる楽天で申し込むことにした。申し込みとはいっても、見た目は楽天の買い物画面とほぼ一緒。支払いも見慣れた楽天の画面でクレジットカード決済が行われる。この、手順のあまりの普通さに、これはただの買い物なのではないだろうか、本当に税金から戻ってくるのだろうかと一抹の不安を覚える。しかし申し込まなければ始まらない。買い物なら買い物でいいやと割り切って全ての申し込みを完了させた。
実はその日、先輩からさらに追加のアドバイスをもらっていた。
「奥さんの分も申し込んだほうがいいよ。いいなあ、2人分!」
うちは2人とも納税者なので、それぞれの枠でふるさと納税を利用できるらしい。ならばということで、妻にもこれこれこうですよと勧めておいたのだ。年の瀬も近いその晩、2人してせっせとふるさと納税の申し込み作業を行った。
冷凍庫に食材があふれる幸せ
申し込みから2、3日で寄付先の自治体から郵便が届き始めた。中身は税の手続きに必要な書類、それに市長名でのお礼状や自治体の紹介パンフレットなどなど。ふるさと納税をした実感が少し湧いてくる。さらに1週間ほどして記念すべき第1号の返礼品が到着した。冷凍の牛肉パックが入っている。生肉が山盛りの派手なイメージ写真が頭に残っていたので、第一印象は「あ、こんな感じか」という、感動としては希薄なものだった。
1パック300gの冷凍牛肉が4つ。都合1.2kgのパックを冷凍庫にしまいつつ思うに、そういえばこんな量の牛肉パックは買ったことがない。なかなかの重量感にじわじわと嬉しさがこみあげてきた。
そしてその後、続々と返礼品が届き、2人分のふるさと納税返礼品で我が家の冷凍庫はかつてないほど"密"になった。
しかし何だろう、この、大量の食料を前にしたときの嬉しさは。返礼品として食料品を選んでいる時の楽しさ、その返礼品を受け取った時の嬉しさ。この、食べ物を前にする楽しさ、嬉しさは何か特別だ。これはもちろん、おいしいものを食べられるという期待感がほとんどだろう。しかしその中には、この先しばらく命をつないでいけるという本能的な安心感、その安心感からくる幸福感を多分に含んでいるような気がする。
満腹で血液が胃に行ってしまい、まわらない頭でそんなことを考えつつ、このおいしい牛肉を送ってくれた自治体の場所を地図で確認してみたりした。